現在、和歌山の選挙区で注目されている世耕弘成さん。
世耕弘成さんの身近にはどんな人物の存在があったのでしょうか?
今回は世耕弘成さんの家系図についてご紹介していきます。
世耕弘成の家系図
世耕家は政治や教育の分野でエリートを輩出する家系でした。

それでは、個々にご紹介していきたいと思います。
世耕弘成の祖父・世耕弘一
世耕弘一さんは、衆議院議員として8期にわたり活動し、経済企画庁長官や近畿大学の初代総長を務めました。

教育者としての世耕弘一
和歌山県の熊野古道沿いの寒村に生まれます。
首席を通す優秀な子供であったが、経済的な理由から中学進学を断念。
材木商に丁稚奉公として働きましたが、学問への情熱から東京の英語学校に通い、27歳で日本大学に進学。
卒業後、朝日新聞社に就職するも、30歳のときにドイツのベルリン大学に留学しました。
帰国後、弘一さんは日本大学で教授として教鞭を執ります。
弘一さんは「学問が運命を開いてくれた」ため、「学びたい者に学ばせたい」と大学の創設に情熱を傾けました。
「医学部から文学部まで全学部を揃えた、全ての日本人が大学教育を受けられる時代を見据えた
先駆けモデルとなる大学をめざす」として、56歳で近畿大学を創設し、その初代総長として教育界に大きな影響を与えました。

政治家としての世耕弘一
日本大学卒業後、朝日新聞社に就職するも、30歳のときに留学。
34歳のときに帰国した弘一さんを待っていたのは、不況の嵐が吹き荒れ、失業者があふれる日本社会でした。
「国民を飢えさせてはいけない」と政治家を志します。
39歳のときに衆議院議員に初当選し、その後8期にわたって議員として活躍しました。
戦前は立憲政友会に所属し、戦後は自由党や自由民主党で活動していました。
世耕弘一は、経済企画庁長官としても重要な役割を果たしました。
彼の政策は、戦後の日本経済の復興と成長を支えるためのものであり、特に産業の振興や雇用の創出に力を入れました。
彼の政治理念は、単なる政策の実行にとどまらず、国民一人ひとりの生活向上を目指すものであり、その姿勢は多くの支持を集めたようです。

世耕弘一さんは1965年に72歳で亡くなっていますが、その功績は受け継がれています。
世耕弘成の伯父たち
伯父・世耕政隆(世耕弘一の長男)

日本の政治家であり、医学者としても知られています。
また、近畿大学の第二代総長・理事長としても活躍し、教育界にも貢献しました。
特に、近畿大学の医学部を含む多様な学部を整備し、学生が幅広い分野で学べる環境を整備。
日本大学医学部を卒業。専門は皮膚科学であり、大学では教授として教鞭を執る傍ら、医学の発展に寄与しました。
政隆さんの父・弘一さんの死後、衆議院議員に当選し、政治の世界に足を踏み入れました。
その後参議院和歌山地方区に転じて当選しました。
彼の政治家としてのキャリアは、医学者としてのバックグラウンドを活かし、医療政策の重要性を認識し
医療制度の改善に向けた取り組みを行うことで、政治の舞台での存在感を高めていきました。
伯父・世耕克己(世耕弘一の次男)
医師で、東京の信濃町にある世耕胃腸科診療所の所長を務めていました。
世耕弘成の家族
父・世耕弘昭(世耕弘一の三男)
日本大学法学部法律学科を卒業し、その後、近畿大学理事長職を兄の世耕政隆から引き継ぎ、第三代理事長を務めました。
教育の質を向上させるための新しいプログラムやカリキュラムの導入に取り組み、学生たちが実社会で活躍できるような教育環境を整備。
特に、通信教育部の強化に注力し、遠隔教育の普及を図ることで、より多くの学生に学びの機会を提供しました。

これにより、近畿大学は多様な学びの場を提供する大学としての地位を確立しました。
また財団法人私立大学通信教育協会の会長も務めました。
2011年に肺炎のため79歳で亡くなっています。
弟・世耕石弘

日本のアートディレクター、コピーライターであり、近畿大学の職員です。
同志社大学文学部を卒業後は近畿日本鉄道に入社し、ホテル部門での勤務を経て広報担当となり、その後広報課長に昇進。
2007年に近畿大学に転職し、学生募集の広報・広告を改革しました。
特に、彼が手掛けた「近大マグロ」などの広告キャンペーンは注目を集め、近畿大学は私立大学入試の志願者数で全国1位を6年連続で達成しています。
広告戦略においてインパクトのあるコピーを用い、大学のブランド力向上に寄与しています。
世耕弘成の経歴・プロフィール

早稲田大学政治経済学部を卒業後、1986年日本電信電話(NTT)に入社。
1990年から1992年にかけてボストン大学で企業広報論の修士号を取得しました。
1998年、伯父の世耕政隆の死去に伴い、和歌山県選挙区の参議院補欠選挙に自由民主党公認で出馬し、初当選を果たしました。
その後、2001年の第19回参議院議員通常選挙で再選され、以降も5期連続で当選しています。
自民党内で様々な役職を歴任し、特に内閣官房副長官(政務担当)や経済産業大臣として知られています。
2023年には自民党参議院幹事長を務めていましたが、政治資金パーティー収入の裏金問題に関与した疑いが持たれ、2024年に辞任しました。
近畿大学の第四・六代理事長を務めるなど教育分野にも関与しており、政治活動と並行して地域貢献にも力を入れています。
まとめ
世耕弘成さんの家系は政治と教育に大きな影響を及ぼしたエリート家系でしたね。
それだけでなく、世耕弘成さんや石弘さんからは、広報の経験からくるのかプロモーションに長けていらっしゃる気がしました。
近畿大学を創設した祖父・弘一氏は志を貫き、ときに固定観念を壊して不可能も可能へと導いてきた人でした。
その姿勢が代々、それぞれのご活躍される場所で受け継がれていっている気がします。
選挙の結果がどうであれ、今後も目が離せない存在かもしれません。
